013|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「憤り」

「おおきに」
梅は沖田が自分をかばってくれたのだと思い、うれしさのあまり抱きついた。

「増田さんが・・・切腹しました。」
総司の探るような言葉が梅に向けられた。
梅は、ビクッと肩を振るわせた。
「な・・なにゆうてはりますの・・・増田さん・・・って」

まさか・・・あの男が切腹・・・するなんて・・・

「う、うちはしりまへん・・・なんで、うちが・・・」
梅は、沖田総司の心を見透かすような眼にたじろいだ。

「最後の警告です。今すぐこの壬生の屯所を、新撰組を出なさい。」
そう言い放って総司は立ち去ろうとした。
自分を眼の端にも映さない、その容赦ない言葉に梅は砂利を握り絞めた。
そして言ってはならない言葉を口にした。

「あんひと・・・増田はん、沖田はんに少し似てましたわ」

悔しさ紛れに放たれたその一言が、わずかに総司の中に残っていた梅への哀れみの情を消し去った。
沖田総司の足が止まった。

  「やはり、そうだったんですね・・・あなたは・・・」

・・・増田は、自分のかわりに弄ばれたのだ・・・この女に
総司は確信した。そして、振り返った。だが、その顔をみた梅は凍りついた。
沖田総司の顔に人としての表情が浮かんでいなかった。ただ、その眼は、地獄絵図に描かれた鬼のように見開かれていた。

梅は、身を竦ませ、その場にしゃがみこんでしまった。

先ほどの永倉の怒りがまるで沖田総司に乗り移ったかのように・・・いや、それは増田五郎の無念の怨念のようでもあった。
総司はその場を立ち去りながら増田の無惨な姿を思いだしていた。

自分のせいだ・・・自分のせいで、増田は死んだのだ。

「あの女は、お前にいかれちまっているな。」
永倉を落ち着かせて戻ってきた土方が傍らに来ていた。

「私のせいですね・・・
私があの女の相手をしておいてやれば、増田さんは・・・」総司は悔しかった。 人の死にはなれている、だが自分のために意味のない死に方をした人間がいるのは堪えられなかった。

  「男は女に狂い、女は男に狂う
それが、性(さが)ってもんだ。誰のせいでもないさ」
男と女などそういう生き物だ・・・と土方は空を仰いだ。
だからといってそんな言葉で納得できない。
やはり自分のために犠牲になった人間がいることに・・・

土方は、総司を見据えて言った。

「血は人を狂わせる・・・とくに女は血の匂いに敏感だ・・
あの女もこの新撰組に関わらなかったらあそこまで狂わなかった ・・・かもな」


・・・ああ、そういうことか・・・
新撰組という組織に漂う血の匂いに梅は狂ったのか・・・
そして、その中で一番に血の匂いの染み込んだ

・・・自分に・・・

「ふふ・・・」総司はおかしくなって笑った。

「総司」土方の怪訝そうな顔が向けられた。

「土方さん、女が血に狂うのなら、私から漂ってくる血の匂いに狂うのなら、 私は、恋なんかしませんよ。
好きになった女の人が狂っていく様は・・・みたくないですからね」
総司は、刀を帯に差しながら悲し気に笑った。

「総司」

この純粋すぎる男は、いずれ惚れた女ができたとき、苦しみぬくのだろうか。v
その時、自分は、この沖田総司に何をして、何を言ってやれるのだろうか。

「土方さん」

「なんだ」

「いつですか・・・」

総司のその問いに土方は、空を見上げた。

「なにがだ」土方が雲の流れを眼で追う。

「・・・いえ」総司は静かに眼を閉じる。

「・・・・・・・・・・やれるか」
空を仰いだまま、土方が総司に問いかける。

「はい」そう答える総司の眼に、先ほどまで溢れていた人としての 葛藤する感情は消えていた。

「あの女に近づくと腹切りもんだ。」

増田の切腹が新撰組隊士達の中で一気にひろまった。
そして、それとともに、今までお梅に向けられていた隊士たちの甘い視線が 一転して嫌悪のものとなった。
梅は若い隊士達の羨望という心地よい存在から、恐怖の存在となったのである。
そして、その恐怖と嫌悪の視線の中に憎悪をもった永倉の眼が、梅をいつも監視しているようである。
居たたまれなかった。

「なんで、うちがこんな目にあわんといかんのやろ・・・」
いっそのこと、こんな所は出て、菱屋の主人のもとに戻ろうか・・・
いや・・・今さら、帰れるものか・・・
それにここを出れば・・・あの男に二度と会えなくなる・・・
あの・・やさしい顔とは裏腹にもう一つの恐ろしい鬼の眼をもつ男に・・・
梅は、ふと、母親の口癖を思い出した。
父が早くに死に、女手一つで自分を育てた母・・・そのために何人もの男と繋がっていた母・・・そして最後は捨てられて体を病んで死んだ母・・・
その母親がいつも梅に言っていたことを・・・
「お梅、ええか、男に溺れるんやないで、男を溺れさせる女になるんえ・・・」

その通り自分は今まで男達を溺れさせて生きてきた。
男達に利用され捨てられた母親のようにはなるまいと心に誓いながら・・・・

くっくっく

梅は思わず笑ってしまった。
そして・・・呟いた。


・・・おかあはん、うち溺れてしもうた・・・
だが梅は唇を噛みしめて亡き母親に訴えた。

「うちは、ぜったいにおかあはんみたいにはならんえ。」

自分には利用できる男がいる、芹澤鴨という自分の思い通りになる男が。
梅は、以前にもまして芹沢に物をねだるようになった。ほしい物はなんでも買わせた。芹澤はその支払いをすべて『つけ』という名ばかりの脅し取りですませていた。
隊からはすでに芹澤からの金子の要求は制限されていた。
土方が手を打っていたのだ。芹澤の吠えるような要求も土方には通じなかった。
そしてその要求は隊の外へと向けられたのである。
だが、商人たちも次第に芹澤の要求を拒絶しはじめた。
お梅は、日々物欲がましている。だがそれに応える手段がすでになくなりつつある。 芹澤の酒量は増えた。

すべては、土方の算段どおりに。
だが、総司にとっては、先の命令に心取られている余裕などなかった。
倒幕浪士たちとの命ぎりぎりの斬り合い、今の自分はそのまっただ中にいるのだ。
近藤勇が決断し、土方歳三が命令を下し、そして自分が動く。
それだけのことである。
今の自分はこの目の前にいる、すでに生への執着を捨てた者との戦いしかないのである。
道場で極めた剣術が辛うじて通用するのは、逃げ道を考えながら向かってくる相手にだけである。それならば相手の動きの先が読める。
だが、そんなものは命を捨てて向かってくる者には、通用しなかった。
なぜなら、その者には先がないのだから、先のない道に待ち伏せることなどできない。 だから自分も命を捨てて相手と対峙する。
そして生き残ったほうは、運がよかった。
それだけなのである。
総司はそう考えながら志士たちとの斬り合いの日々を過ごしていた。
そして、そんな日々のなか
巡察中の総司のもとに知らせが入った。


「芹澤、商家大和屋に向かって大砲を撃つ。」