002|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「新撰組はじまり」

京の都・・・かつては、錦に彩られた人々が集う雅な都であった。 だがそれは遙か昔の夢である。
今この地は、攘夷、勤王の志士たちによって「天誅」という名のもとに、幕府側に付く者、 異国よりの使者たちを次々と見せしめのために惨殺するという過激派志士たちの 巣窟となっていた。
京都守護職、会津藩松平容保公から下った『壬生浪士隊』の任務は、 そんな過激派どもを捕らえることである。
そのためには、いくらでも人材はほしい・・・
このところ毎日のように壬生浪士隊入隊希望者が殺到している。

「そろそろ、新しい組織づくりをしないとな」
土方歳三が近藤勇にもちかけた。

「そうだな、いつまでも『壬生浪士隊』という名も・・・な。」

「清河に付いて江戸に帰った連中は、『新徴組』と名乗っているそうだ」

「う〜ん・・・」近藤はただでさえ人一倍広い唇を真一文に結んで思案中である。

「新徴組の連中は、清河がいうがままに動いた連中だ。
そんな連中とは、違うってところを知らしめる隊名じゃねぇとなっ」

土方歳三は吐き捨てるように言った。

清河八郎、幕府を欺き実質的に浪士隊を掌握していた人物であった。 しかし、その切れ者の彼も浪士隊を引き連れて江戸にもどってまもなく 暗殺という闇に消えたのである。

「俺達は、俺達自身で自分の道を選んで、この京に残ったんだ。
  だから新しい隊名は・・」土方は 一呼吸おいた。
「新・・」

「ならば、新撰組ですね・・・」
それまで黙って土方と近藤の話を聞いていた沖田総司が唐突に言い放った。

「お、おまえっ」

「だって、土方さんがもったいぶってるからですよ」

ここぞという台詞を総司にまんまともっていかれて土方は、 とぼけた表情でいる総司を睨み付けた。

「新選組かっつ」腹の底に響く声で近藤が叫んだ。

その声には慣れている土方も総司もさすがに一瞬たじろいだ。
そして三人で顔を見合わせて笑った。
いまこの時、『新選組』が生まれたのである。

 『新選組』この名を掲げてから、一層入隊希望者が増えた。 その面接に近藤も土方も追われている。
大半は、使い者にならない・・・中には、木刀すら振ったことがない者もいた。 そんな連中の中から、剣の腕と強靱な精神をもった人間を選出しなければならないのだから、一苦労である。
そんな二人をしり目にやたら入隊希望者たちにむかって虚勢をはる巨漢の男がいる。
芹澤鴨である。
本人によれば、水戸の天狗党の一員だと称していた。 手にはいつも鉄扇を持ち、気に入らないものは、容赦なく打ち据えるといった手に負えない男である。

「近藤君も土方君も遠慮はいらんっ
人を見抜く眼はこの芹澤鴨、誰よりも秀でておるっ
わしに任せておいてくれたまえっ」

どうみても酒気を帯びた赤ら顔で大声をはりあげている。

「そうは、いかねぇ
カモの野郎にまかせておいたら、自分の取り巻きになりそうな輩ばかり選ぼうとしやがるっ」土方歳三は、吐き捨てるように言った。

「寂しいんですよ・・・芹澤先生は
近藤先生には、土方さんをはじめとして試衛館のみんながいる・・・けど」
総司は、面接にきた者達と楽しそうに話す芹澤を見つめながらつぶやいた。

「はっ、寂しいだと
ヤツには、平山や野口、平間っていう金魚の糞みたいな腰巾着がいるじゃねぇかっ」
土方は、何を寝ぼけたことを・・・と、総司を睨んだ。

「ちょっと・・・違うんだけど・・な」と総司は肩をすぼめてみせた。

「ま、隊名を考えるとき、自分の意見が聞かれなかったことに腹を立てておられたからなぁ」困ったもんだ・・・と近藤も頭をかいている。

名目上、局長として芹澤鴨、近藤勇となっている。
その上、なぜかもう一人、芹沢のごり押しで新見錦という男も局長扱いとなっている。

「局長が三人もいる隊があるかよっつ」
土方歳三にしてみれば、局長はあくまでも近藤勇、只一人である。

それは、試衛館一門・・・土方と同じく副長の山南敬助、永倉新八、原田佐之助、藤堂平助、井上源三郎・・・皆、気持ちは同じだった。もちろん、総司も。
だが、そんな中で、なぜか、芹澤は総司を気に入っていた。

「沖田、沖田君っ」芹澤が総司を呼んでいる。

「ほらよ、お山の大将がよんでるぜ」こちらに近づいてくる芹澤を顎先でさしながら総司を促す。

「ずいぶん懐かれたもんだな・・・お前も。」近藤も気の毒そうに総司に囁く。

「はは、なんか私って子供になつかれやすいんですよね。」

「はぁ、あんなでかいなりして酒浸りのガキがいるかっ」あれがか・・・と、土方が呆れ顔で芹澤を見ている。

「あそこにいますよ。寂しがり屋で我が儘な大きな子供が」総司にしてみれば、 芹沢鴨という男は、外見とは裏腹に傷つきやすく、寂しがり屋の子供が そのまま大人になったような人間に思えるのだった。
おそらく芹澤自身もそれをわかっているのだろう・・・

・・・だからこそあの人は、酒に逃げるんだろうな・・・
そう思うと、芹澤鴨を土方のように邪険にする気にはなれなかった。
とはいえ、こう毎日のように祇園につきあわされるのも・・・
総司は、酒が弱いというわけではなかったが、本来あまり好きなほうではなく、 どちらかといえば汁粉や大福に目がないほうであった。

    しかし・・ま、しかたないか・・・

芹澤が無茶をして店に迷惑をかけ、『新選組』の名を貶めないようお目付役として 付き合うに土方から言われてもいる。

「カモのやろう、おまえの言うことならききやがるからな」たしかに、芹沢は総司がさとせば、おとなしくなったりするのである。
だが今宵の酒は行き過ぎたようである、店で暴れはじめたのである・・・
なんとか、籠には乗せたものの途中の茶店で一服付けると言って降りてしまった。
新見や平山たちは、イヤな予感がしていた・・こういう時は、決まって、

「おいっ!誰か儂をおぶって帰れっ!!」

冗談ではない、いくらこの茶店から屯所まで 一里はないとしても、 こんな巨漢を背負っていけるものではない。新見たちが顔をしかめていると、

「さ、先生、帰りますよ。」そう言って総司が芹澤に背中をさしだした。
「新見先生たちは、籠を呼んでお帰りください・・・では。」

呆気にとられている新見たちにそう言うと、上機嫌の芹澤をおぶって歩き始めた。 新見や平山たちにしてみれば、この男が不思議でならなかった。
なぜなら、自分たちのように芹澤の機嫌をとっておかねばならない立場でもない。
彼には近藤や土方がついている・・・なのになぜ・・・
そこまで芹澤の我が儘につき合う必要があるのか・・・・理解できなかった。

「わっはっはぁ〜
こりゃ〜いいわい・・・沖田君と月見じゃ、月見じゃ。」

月が煌々と真円の姿を以て夜空を照らしていた。

「先生、そんなに暴れると落ちますよっ」
無邪気にはしゃぐ芹澤を落としそうになる。

「はっはっは、落ちたらそのまま落としていけばいいっ」
芹澤はおかまいなしとばかりに笑っている。

「そんなことしたら、先生、寂しがるでしょ?」
総司のあやすような言葉に芹澤が大人しくなった。

  ・・・・ 「そうだな・・・それは寂しいな・・・」少し照れたように声をしぼめた。 だがふたたび大声で笑い、いつものように虚勢をはるのである。

「背負い切れなくなったら、沖田っ、儂を斬っていけっつ」

その言葉が、芹沢のいかなる気持ちをあらわしているのかは、わからぬが、 ただ、総司には、精一杯の虚勢をはるこの男の寂しさだけは、 背から伝わってくるのだった。

「それは・・・ご勘弁を・・・」

    ・・・沖田総司は心の底から願った・・・