003|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「新撰組局中法度」

其の壱 士道に背くまじきこと
其の壱 局を脱するを許さず
其の壱 勝手に金策を致すべからず
其の壱 勝手に訴訟を取り扱うべからず
其の壱 私の闘争を許さず

この『新撰組局中法度』に背きまじき者
切腹申しつくべく候也
以上っ

土方が新入隊士達を前に『局中法度』を読み上げた。
『新撰組』と隊名を改めたときから、 考案していた隊則である。
浪士隊の時のようにはいかない・・・ 厳しい規律が必要になる。 荒くれ連中を抑えつけることができるぐらいの鐵の掟が・・・
そしてそれは新撰組の中で例外は何人たりとも認めない。
たとえ幹部であろうと、そして局長であろうと・・・決して。
だが、そんな土方の覚悟など芹澤 一派には、通じてはいなかった。
そんな隊則はあくまでも、平隊士たちに向けられるものであって、自分達には関わるものではないと。
だからこそ、この『局中法度』を近藤と土方から同意を求められても、

  「武士の集団としてふさわしい規律である。」 と適当に同意したのである。

あんた達も例外じゃないぜ・・・と言わんばかりの不適な笑みを土方が向けていたのにも気づかずに。

「切腹申しつくべく・・・」
その言葉が現実と受け止めたものは、脂汗をながし、

「まさか・・・」
と疑ったものは、平常心で受け止めた。

だがこの『局中法度』こそが、多くの隊士たちの血を吸うこととなる恐怖の掟となるのである。
土方は、けっして近藤に隊士達に向かって、この『局中法度』を読ませるつもりはなかった。
読み上げ、皆の恐怖心を向けさせる的は自分でなければならなかった。近藤勇という人物には決してそんな憎悪に近い 感情を向けさせてはいけなかった。

「新撰組の恐怖、憎悪は全部自分がうける・・・それが、俺の役目だ。」
そう心に決めていた。

「土方さん、かっこいいですね」

近藤以外にそんな土方の決意を見抜いている総司はいつも口では、そうちゃかすのである。
だが、隊の中での恐怖と外での恐怖・・・違いこそあれ、総司もまた、恐怖と憎悪の的であった。

「あの沖田の刃が鞘から抜かれるとき、青白く光るとき・・・間違いなく人が死ぬ。」

「壬生の青鬼・・・」

志士たちからそう恐れられるようになっていた。

カナカナカナ・・・

少し陽も傾きかけた空にヒグラシの鳴き声が響いている・・・
眩しかった太陽に別れでもつげているのであろうか・・・
山南敬助は、ヒグラシの声に耳を傾けていた。
浪士隊に加わり、この京に上ってからの今日までの慌ただしさを思うとこんな風に、暮れ時のヒグラシの声に耳を傾けるのも心が落ち着くものだと思った。
特にこんな日は・・・

「山南さん」ヒグラシの鳴き声に自分の名を呼ぶ声が混じる。

「なんだ、総司か・・・」
振り返ると総司が立っていた。

「どうしたんですか、考えこんで・・・」
総司が山南の横に腰を下ろしながら言った。

「ん・・自分の力量のなさを反省していたところだよ。」
少しはにかんだように山南は呟いた。

「聞きました・・・藤堂さんの隊の人のこと」
総司も山南の声量にあわせるかのように呟いた。

「しかたないとわかっていたんだがな、なんとかしてくれと言われると・・・ なんとかしてやりたくなるのが人情だ。
だが、私の力では何ともしてやれなかったよ。」

目を伏せ、山南は寂しそうに呟いた。
十日前、藤堂平助の組の隊士が巡察中に背を斬りつけられたのだ。後ろ傷である。 つまりそれは、敵前逃亡と見なされる。
局中法度、『士道に背くまじきこと』を意味する。
相手を捕縛するか、斬り殺すかしなければ切腹である。
藤堂平助曰く「不意打ちをつかれ、よけきれるものではなかった」・・・と
部下を庇い藤堂なりに必死に副長土方歳三に情状酌量を願い出たのである。
だが、聞き入れられることはなかった。
それで、土方とは同じ副長の立場である山南に縋ったのである。
藤堂が土方よりも山南を慕っているのも事実だった。同門の北辰一刀流の出でもあり、なんといっても山南には、人に慕われる優しさがにじみ出ていた。

「なんとかならぬものか・・・」
山南なりに必死に土方に頼んではみたが、

「後ろ傷は後ろ傷だ。特例を認めるわけにはいかない。」
土方は譲らなかった。
そして今朝、その隊士は切腹した。
やりきれなかった・・・たしかに土方の言い分が正しいのだとわかっていても・・・やはりやりきれなかった。
  だからこそ今鳴いているヒグラシの声が、切腹した隊士の鳴き声のように聞こえるのかもしれない。

「土方さんからみたら私は、甘ちゃんなんだろうな・・・」
 しかたないな・・・そんな笑いをうかべた。

「山南さんは、やさしいから・・・」
総司もヒグラシの鳴き声に耳をやりながら呟いた。

土方が勢いよく燃え上がる炎ならば、山南は人が手をかざしたくなるようなほっこりとした火だと・・・そう沖田総司は感じていた。
だから山南のまわりには、なぜか人が集まってくる。山南とは、そんな男である。
土方はわざと人を寄せつけまいとするところがある。正反対の二人といえば正反対なのであろう・・・
だが、二人とも火だ・・・勢いよく燃えようがじっくり穏やかに燃えようが・・・火は火である。

「似てるな・・・」総司が山南の顔を見ながら呟いた。

「ん?何かいったか?総司。」
聞き直そとする山南に顔を綻ばせ総司が笑った。

「二人とも好きだっていったんですよ。
山南さんも、土方さんも、私は大好きですよ」

「はっはっは、総司は皆んな好きだからな。」
二人して笑いあった。

「でも、土方さんも山南さんが大好きですよ」
総司のその言葉に山南は少し肩をすぼめてみせた。