040|新撰組活劇「いつか何処かで〜沖田総司物語」|小説「剣戟 近藤周斎と沖田宗次郎」挿絵「満月」イラスト

月はその姿を現しはじめる
この剣戟を見とどけるために
そして
対峙するこの男たちが
かつて自分のもとで交わした誓いの
立会人として

挿絵「満月」月と雲イラスト

沖田総司の脳裏に懐かしい試衛館道場が浮かんだ・・・

近藤勇の養父であり、そして自身の師、近藤周斎の老いてなお力強い声が道場に響く。
文久元年八月、皆が稽古を終え、閑散とした道場に、天然理心流三代目宗家近藤周助は、沖田宗次郎を残した。

「わしは、明日、この天然理心流試衛館道場を勇に譲る。
そして、隠居の身となり、名も周斎と改める。
もう、わしが持つ技でお前に教えるものはない。
よいか、これからは近藤勇を師と仰げよ、宗次郎。」

  稽古の時とは違う穏やかな口調で沖田宗次郎に語る。

「周助先生、これまでのご指導ありがとうございました。」

  宗次郎は、敬愛の眼差しで周助を仰ぎ、そして、これまでの感謝の念を伝えるかのように平伏した。
思い起こせば十年の歳月・・・
八歳の賄い一つできぬ子供を内弟子として引き取り、手取足取り一から剣術の基本を根気よく教え、時には厳しく、時には父親の如き情をもって自分を育ててくれた剣の師であり、人生の師であった。
その近藤周助が、自らの人生すべてを捧げてきた天然理心流を離れる時がきたのである。
近藤周助は、沖田宗次郎の稀代の剣術の才、天賦の力を見抜いていた。

  「宗次郎、おまえは確かに剣の申し子だ。
しかしな、けっしてのぼせ上がるでないぞ。
世には、溢れんばかりの使い手がおる。
お前とて、その中の一人に過ぎぬ」

近藤周助の愛弟子の行く末を案じる感情が、厳しい表情になってあらわれる。

「はい。」
その情に溢れた師の気持ちが、宗次郎にはひしひしと伝わってくるのであった。

「宗次郎、理心流において、お前に伝授するべきものはもうない
よいか、これより先は、己の剣を身につけろ。
天然理心流であって、天然理心流でない。
沖田宗次郎の必殺剣をみにつけるのだ。
それを会得したとて、わしに披露する必要なし、勇に披露する必要なし。
これから先、あいまみえるであろう強大な敵にのみ打ちはなつのだ。
よいか、一撃必殺剣を得るのだ。
これが、天然理心流三代目宗家として、最期に伝えるべき奥義である。」

近藤周助の中に自らの愛弟子たちが、この動乱の世にでる日がくる予感があったのか、 それとも、三流と蔑まれた「天然理心流」の剣が世にでることを望んでいたのか・・・その言葉を受けてから今日まで、沖田総司は師の言葉を心に復唱しながら生きてきた。
そして、
・・・周斎先生、今、その剣豪が私の目の前におります・・・
この技は、道場で身につけた技ではない・・・ この京にのぼり、幾たびもの敵との死闘の中で生まれた剣だ。
血しぶきの中で生まれた・・・新撰組沖田総司の剣だ。